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ウ 多田清司さん  ( 『 孤児編  上 』  証言27 ) 長野県

「本当の子どもと全然差別なく、平等に私を育ててくれました。そのとき中国は貧しくて、うちは本当に貧乏でした」

 

中国在住38年 戦後在住33年 一時帰国から1年3か月後、永住帰国に切り替える 

支援金なしは受給していない

 

証言者プロフィール

1939(昭和14)年 4月 長野県下伊那郡喬木(たかぎ)村の農家で生まれる 両親と姉の4人家族

1940(昭和15)年 1歳 家族と渡満 新立屯(シンリットン)上久堅(かみひさかた)村開拓団へ 

1945(昭和20)年 6歳 終戦 12月に通河県(ツウカケン)濃河鎮(ノウカチン)の収容所で両親が亡くなる

           両親と知り合いだった中国人に助けられ、その後、夜間学校に通う

           姉は通河県の日本の病院で看護師をしていて、戦後1~2年で帰国 

1954(昭和29)年    15歳 養父が解放軍に入り農業に従事  その後、林業、人民公社で会計の仕事に従事

1964(昭和39)年 25歳 中国人女性と結婚(子どもは5人)

1976(昭和51)年  10月 37歳 一時帰国 単身で(国費) 姉の家に1年3か月滞在する

1978(昭和53)年 1月 38歳 永住帰国に切り替える 妻と子ども5人を呼び寄せる(国費)

           精機会社、その後は電子部品会社で働き、定年まで約20年間勤める

1999(平成11)年  定年退職 翌年から飯田市立病院で臨時職員として通訳の仕事をする

2013(平成25)年 4月に病院を退職 6月に中国へ帰り、養父母の墓を建てた

 

インタビュー 2013年11月2日 74歳  場所 証言者のご自宅

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