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シ 中野ミツヨさん  ( 『 孤児編 下』 証言51 ) 高知県

「私たち残留孤児のことを、もっと知ってほしい。日本の歴史の本の中には、残留孤児のこと全然載ってない。この歴史は、国にとって恥ずかしいことじゃなくて、これは経験よ。このことは、もう歴史になったと思う。人間として、やっぱり一番欲しいものは安定した生活。私たちの年代のような大変な思いをすることが二度とないように、今の若い人には、正しい歴史を勉強してほしい。だから、私たちが経験したことを、若い人に伝えたい」

 

中国在住43年 戦後在住43年 一時帰国から永住帰国まで1年

証言者プロフィール

1943(昭和18)年 家族が渡満 大清溝(ダイセイコウ)江川崎(えがわざき)開拓団へ

1945(昭和20)年 終戦 避難途中の9月に吉林省(キツリンショウ)廟嶺(ビョウレイ)で生まれる 

           9月末に遼寧省(リョウネイショウ)撫順市(ブジュンシ)の収容所で、母の母乳が出ず死にそうだったと

                               ころを中国人にもらわれる    兄2人と母は収容所で死亡 父は翌年日本に引き揚げ、3年後に死亡

1953(昭和28)年 養父母が離婚 養母と公安局に行ったときに自分が日本人であることを知る

           養母が再婚 

1964(昭和39)年 19歳 師範学校を卒業して、労働局に入る

1967(昭和42)年 22歳 文化大革命中に転職 病院に勤務 その後薬剤師の資格を取得 

1968(昭和43)年 結婚(子どもは2人) 

1976(昭和51)年 31歳 養母が死亡

1985(昭和60)年  9月 「第8回肉親捜し」で帰国 身元が判明

1987(昭和62)年 夫、娘、息子とともに一時帰国 大阪で娘の難病を手術

1988(昭和63)年 家族全員で永住帰国(国費) 病院で看護助手をするも、病気入院のため辞める

1992(平成4)年 ゴルフ場のレストランに勤めウエイトレスや厨房の仕事をして61歳まで働く

 

インタビュー 2015年4月28日  69歳  場所 証言者のご自宅


 

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