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アーカイブス 中国残留孤児・残留婦人の証言
【ライフヒストリー全体を通して、書籍と動画、二つの媒体で証言を残す試み】
ハ 高橋秀哉さん ( 『孤児編 上』 証言38 ) 埼玉県
「子どもの頃お腹空かせて泣いたりとかしたことはない。本当に恵まれていた。養父母が私を専門学校行かせてくれなかったら、日本に帰ってから何もできなかった。だから残りの子ども2人と一緒に養父母を呼び寄せた」
中国在住39年 戦後在住38年 一時帰国から永住帰国まで2年
証言者プロフィール
1944(昭和19)年 満州で生まれる 父親は軍人 9人兄弟の末子
1945(昭和20)年 終戦 兄弟のうち3人は機銃掃射で死亡 母親と3人の姉兄は8月に第1次の帰国船で帰国
2番目の兄、4番目の姉と本人は中国人に預けられる
中学、高校を卒業後、専門学校で機械の修理を学ぶ
1979(昭和54)年 実母からの葉書で日本人と知る
1981(昭和56)年 37歳 一時帰国
1983(昭和58)年 39歳 永住帰国 養父母を呼び寄せ、妻と5人の子どもと9人で暮らす
中国の専門学校での知識を生かして自動車の工場で63歳まで働く 退職後NPO活動
インタビュー 2015年9月 71歳 場所 証言者のご自宅
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