top of page

No.58(前半)

中国の養父母 白 淑雲さん(『孤児編  下』 証言63)撫順市

​「夫の親戚が『日本の子どもは連れてきたの?』って声をかけたんです。『ああ、終わった』と思いました。彼女はその声を聞いて、自分は日本人の子どもだって知ってしまったんです」

証言者のプロフィール

​養母 白淑雲さん

1924(大正13)年  生まれる

1946(昭和21)年  22歳 日本人の子どもを養女にする

 

養女 岸マサ子さん

1942(昭和17)年  生まれる 

1946(昭和21)年  4歳 避難所で母親が亡くなった翌日、白さんにもらわれる

1962(昭和37)年  20歳 日本人であることを知る

1989(平成元)年頃 血液鑑定で身元が判明

1993(平成5)年  51歳 帰国(身元判明から4年後)

 

インタビュー 2000年8月8日  77歳  場所 証言者のご自宅   通訳 瀋陽師範大学の高飛先生 

​

​

No.58(後半)

中日友好楼に住まう7人の養父母たち (『孤児編 下』証言64) 長春市

(証言1)関秀蘭さん以外の方のビデオテープは、劣化のため、再生、デジタル処理ができませんでした。関秀蘭さんのビデオ(8:43~)も、前半部分が復元できませんでした。

証言者プロフィール

養母 関秀蘭さん

1918(大正7)年  黒竜江省で生まれる

 

養女(残留孤児) 趙玉琴さん

1940(昭和15)年  生まれる

1946(昭和21)年頃 中国人の養女になる 

1990(平成2)年  50歳 夫、息子2人と共に帰国

 

インタビュー 2000年8月4日 83歳  場所 中日友好楼 吉林省長春市平陽街790号

​

​

​

​

​

​

​

​

​

​

​

​

​

bottom of page